今から描くゆとりの人生、そして自分らしい逝き方とは?

日本人の平均寿命は大きく伸び、定年退職後に、今まで培った経験をもとにボランティア活動などで地域社会にデビューしたり、ゆとりある時間を活かし趣味の世界を極めたりと、その生き方は実に多様です。第二の人生をゆとりのある、充実したものにするためにも、自分の人生のしめくくりについての考え方を学び、いざという時に備え「こころづもり」しておくことなど、是非身につけておきたいものです。日ごろ一人では考え難いテーマについて、世代を超えたおとなのパートナーシップの上で、皆さんと共に学び、考えていければと思います。不安をひとつでも無くし、本当の安心を得ることこそ、いきいきとした今を過していく源と考えます。

  • 一昔前の「ご隠居」・・・今、どう生きるべきかは、「自分らしい逝き方」から考える!

かつては町のどこそこにいた町のご隠居。この「隠居」という語の「隠」の意味は「死」を表し、戦前の法律が物語るように、生前に家徳を子供に譲り、自らは社会から引退して余生を世のため人のためにと世話をすると同時に、自らの「半生」の逝き方や残りの「後生」への準備をするなどゆっくりとした時間の流れの中で、感性豊かな生き方をしていたようです。戦後の高度成長の中、だれが言ったか「死ぬまで現役!」とは一体?

  • 草葉の陰にいるご先祖さま・・・・先人たちの供養観はいずこへ?

感性豊かな日本人の先人たちは、仏教が日本に伝わる遥か昔からの習俗感として、亡くなった人がどこにいるかを、遠い極楽往生でも天国でもない「草葉の陰」と身近な所に想像していたように、亡くなった人の「魂」に対する畏敬の念を持って、死後も大切にしていた訳で、決して長ったらしい戒名を授かることや盛大なご葬儀を執り行うことに意義など持っていなかったはず。最近は散骨を希望する人が少なくないですが、お盆や一周忌に果たして遺された家族の気持ちはいずこへ行くのでしょうか・・・? 千の風になって!?

  • お葬式の意味?葬儀と告別式の違いとは?・・・形骸化した葬祭に象徴される日本文化への警鐘

だれもが通る道・お葬式について、実はわからないことばかり。現代のお葬式は戦後考えられたパック旅行のようなもの。誰もがその意味・意義についてわからなくなっている。葬儀と告別式、まったく目的も対象も違うこの2つの儀礼と式典を今は同時進行で執り行っています・・・。一昔前までは、町のご隠居を中心にご近所で執り行われた葬儀も、核家族化・ご近所との関わりあいが薄くなった今、家族中心のものへと変わりつつあります。自分らしい葬送とは何か?

  • 死に場所は自宅以外!?・・・「こころづもり」は頭の中で思うだけは足りない!

昭和57年を境に、人が息を引き取る場所が、自宅で亡くなる方より病院で亡くなる方が上回り、今現在、大都市圏では95%の方が病院で亡くなられている現実。これは日本人の死生観に大きな影響を与え自分らしい逝き方を考える上で、大変困難な状況となっている。介護の問題から延命措置に対する自分の考えなどまで、ご自身の意思表示を元気なうちに家族に伝えたり手続きしたりと、より具体的な「こころづもり」をしておかなければならない時代です。

  • では、どのようにしてそういった思いを伝え、こころづもりしておくべきなのか? 

ここ数年の間に、もはやタブーではなくなった「死の準備」についての講座や勉強会が、全国的に広がりつつあります。最近は、消費生活部門や社会福祉部門での啓発が盛んに行われていますが、形骸化したセレモニーとしてだけの捉え方ではなく、死生観や習俗感として日本の文化を次世代にどのように伝えるかは、今のシニア層がご自身のこととして、遺された家族のこととして考えていかなければならない我々日本人としての大きなテーマのひとつであると考えます。

  • 日本葬祭アカデミーでは全国地域行政・市民団体が主催されます各種講演会・セミナーでの講演を通じて、人生の終焉「お葬式」をテーマに、日本人の習俗的文化・死生観から見たゆとりある生涯教育を全国に向け展開しております。
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